息子が、幼稚園の年中のころ吐き出したビワの種から芽が出て約6年、この春きれいな花を咲かせたと思ったらなんと一個だけ実がなりました。息子は、オレンジ、グレープフルーツ、スイカなどさまざまな、果物の種を吐き出しては、小さな庭に植える習性がある。

ちょっと複雑な思いで、慎重に切り落とす。 収穫終了
ていうか、僕自身がぼけて忘れていたりして。
タイトルはアン・タイラーの小説から。 原題は、Ladder of Years

ちょっと複雑な思いで、慎重に切り落とす。 収穫終了
とにかく環境といえばドイツ、ドイツ、ドイツと呪文のように唱え、かの国へ行きさえすれば環境問題に対して一過言あるヒトになれると思っていたわれわれに対し、今泉女史はいつも言っていた。
「確かにドイツ人は、市民感覚として日本人より環境に配慮のある考えを自己責任として持っていて、そこから学ぶべき制度やライフスタイルはたくさんあるけれど、問題も山積み。日本人だって、振り返ってみれば捨てたものじゃないんだから。まず、日本の良いところを見つけないと、本当の意味で環境問題をフライブルクから学ぶことはできないのよ」といわれ、目からうろこが落ちた気がしました。
本書は彼女が生まれ育った東京本郷での昭和30年代の山の手の生活ぶりが紹介されています。
頑固一徹ではあるけれどユーモアも忘れないまさに江戸っ子の祖父母のライフスタイルに関する話が闊達に描かれており、そこから日本人がもともと持っていた都市生活における自然との折り合いのつけ方、生態系などという言葉は意識せずに自然の循環にきちんと配慮した知恵をもっていたことなどを学ぶことができるのです。
amazonの紹介欄には「エコに関心のある全ての人に贈る、さわやかで素敵な一冊です」とありますが、エコ野郎どももそれなりに、そうでないヒトにも十分手にとってレジへ向かう価値のある作品であります。
自身の周辺のことを面白おかしく書きながら「ヒトの幸せってなんだったんだっけ」とほんわり考えさせてくれる本書は、ぼくにとっての「08年上半期のベストエッセイ」に決定です。
今泉さん、どんどん腕上げていきますねえ。
今泉みね子さんのブログも人気急上昇のようです。

荘村さんの演奏を生で初めて聴いたのは20年ほど前のこと、当時は師匠ナルシソ=イエペスが開発した10弦ギターを使用していた。
荘村さんの指がその楽曲の持つ魅力を一つも逃すまいと掘り起こしていく姿勢、そのストイックな演奏に圧倒された。 聴衆も演者の緊張感に引き込まれ、コンサート会場は、非常に高いステージのカルチュラルな空気に包まれた。
その後、荘村さんは6弦ギターに持ち替えた。50歳になる少し前の頃だったか。
そのころから、荘村さんの修行僧のようなストイックさはしだいに薄れていくように僕には思えた。あえて言えば、自分自身のパフォーマンスを楽しんでいるような感じ。
とぎすまされた感性をベースにしたヒューマンなその演奏スタイルは、さらに僕らファンの心をとりこにした。と、同時に常に進化する荘村清志というアーティストの才能に感嘆し、またギターという楽器の奥深さに感心させられた。
荘村清志の人間的な演奏に触れれば触れるほど、その「人柄」にも接したような気持ちになる。それは「やさしさ」や「向上心」などの言葉だけではあらわすことのできない、精神性の深さみたいなもの。
荘村さんは、このところ、様々な分野のアーティストをゲストに向かえ、今日のようなデュオ・コンサートをおこなっている。楽器、国籍を越えての共演で、お互いの魅力を倍増させてしまう。それは、演者の技術の高さももちろんではあるけれども、荘村清志の人間性に因るところが大きいのではないかと思う。
今回のパンフレットに荘村さん自身が、こんなコメントを寄せている。
「(小林さんと演奏した際)・・・演奏し終わった後、背筋を正されたような衝撃を受けた。この人と演奏していると自分が高められると思い今回の演奏会が実現した。・・・」
60歳の大御所が、である。この一文に荘村さんの、人としての大きさを僕は感じぜずにはいられない。
名古屋三省堂の石田さん、売れ行き好調を隠せないこの笑顔
昼食は、S君と丸善書店近くの「鳥栄」。20年くらい前に初めて名古屋・丸善書店の方に連れてきてもらった店。定番のシンプル「鳥の塩焼き定食」をいただく。
本当に久しぶり。10数年前、加藤登紀子さんと一緒に訪れて以来かも。そのとき、登紀子さんと歩道ですれ違うほぼ全員のおば様が、なんか近所の知り合うに会うがごとく「あらあ、どうも。お久しぶり」みたいに、会釈するのがちょっと可笑しく気持ちよい光景としてく記憶に残っております。
とある書店で出版社にとってはこんなに悲しいものはないというワゴンを発見
昼食は、大垣駅そばのショッピングセンター「アクアウォーク」内の万豚記(ワンツーチン)で白ゴマ担々麺。これが絶品! スープにはとてもコクがあってかすかな香草の香り。そして麺は程よいアルデンテ。思わぬところでみつけものでした。いいぞ、大垣!
ということで、岐阜市内に移動して打ち合わせ。
打ち合わせ後、地元のT氏にクルマで関市まで連れて行ってもらい、鰻の名店「辻屋」。中部地方の鰻は蒸さずにじっくりと焼き上げるので、アブラがのっていればいるほど外はカリカリ、中はとろとろの感涙蒲焼となる。
で、「辻屋」の鰻も当然カリカリとろとろ。もちろん号泣。今月は、不動前「太田屋」で涙し、これで鰻に泣かされたのは2回目。もっと泣きたい。来月は近所(武蔵小杉)の「むさし野」へ行って泣こう。(元力士のあのおじさんまだ元気かなあ)
老舗の風格がただよう外観(関市・辻屋)
カリカリとろとろ鰻丼、このご飯の中にもう一層天然鰻が隠されております(泣)
しかし、バーに入っていきなりカレーでは、酒飲みの名がすたる、ともう一度メニューを凝視。すると、おでん(缶詰)とある。秋葉原で缶詰のおでんが買える自動販売機が流行っていると、テレビで見たことがあるな。
「例のあれですか」と聞くと「いいえ、銚子港だけで売ってるものです」とのこと。「召し上がってみますか」と実直マスターはイタズラっぽく笑う。
すたるほどの名ではないや、と思い直し即「いただきます」と返答。 きちんと盛り付けられたおでんが約1分後に登場。ボリュームたっぷり。大根や昆布、玉子、ちくわ、、、普通のおでんやさんの一人前以上のボリューム。まず、汁をすすってみる。
「う、うまい」出汁が半端でなく美味い。実直マスター、僕らの様子を見て、でしょ?みたいな感じでうれしそうにうなずく。
銚子港特産だというコクのある醤油と港に上がった鰹のダシを使用。こりゃいいや、と樽出しのビールとともに一気に食す。
メニューを見るともう一品「小あじのシークゥアーサーマリネ(缶詰)」を発見。これもいきましょう。
いやはやびっくりアジも美味けりゃ、シークヮーサーの酸味も絶妙にアレンジされマリネの味が引き締まっている。脱帽です。「とりあえずビール」の後のジントニック(ぼくの好きなタンカレーを使用)もグビグビ進む。
缶詰の味をほめるのもなんだとは思うけれど、感動です。「遊び心でメニューに加えたんです」とマスター。
「空き缶見せてくださいよ」と無理を言い、カウンターに出してもらい写真をパチリ。
「本日のハイボール800円」を最後にいただく。アイラウイスキーのダブルソーダ割。これも旨かった。そしてリーズナブル。
良い気持ちになってしまったので、カレーは食べられず。
今度はじっくり飲みたいな。そして、カレーも。
バケツ土の準備が終わるといよいよ種まき。これも種の大きさの2倍くらいの深さに蒔かなければいけないと言う。6~7ミリの深さのところに大事に大事に種を埋める。
爪半分くらいのところに、芽を表面に出しながら種同士がくっつかないように間隔を開け埋めていく
駅で待ち合わせ。塾帰りの息子と一緒に帰る。
20時30分、「お腹がすいて死にそう」と愚息。小学生がこの時間に夕食をとっていなければ当然のこと。 「今日、ご飯何かなあ」家路の会話はそればかり。
メシ食う前にまずビール、となってしまう僕としては、死ぬほどご飯が食べたいという純粋な息子の空腹感が懐かしくもあり、うらやましい。でも、ビールが先。
商店街を歩いていると,えも言われぬよい香りが僕らの鼻と胃を刺激する。移動トラックで、夜になると店を開く「ケバブ」屋さん。本来は羊の肉のはずだけれど、この店は牛のばら肉をこれでもかと重ねて串に巻きつけ回転させて、電熱器みたいなやつでじわりじわりと遠火に焼く。
肉汁がぽたぽた落ちるその肉の塊をトルコ人(推定)のお兄さんが長い包丁みたいなやつでガシガシこすげ取り、キャベツと一緒にブリトーみたいに包んでくれる。何度か食べたことがあるけれど、これが本当に美味しい。
誘惑に負けて、「買っちゃおうか」と僕。「あー、お願い」と息子。夕飯を用意している妻の顔をちらりと思い浮かべながらも、「1個ください」あーあ、言っちゃった。
たっぷりと肉を切り取ってくれるお兄さん。 息子がよだれをたらしてかぶりつきそうになるのを制する。半分は母親にあげよう、家まで待つのだ。(妻もケバブ大好き)
袋の上からくんくんにおいをかぎながら「美味しそうだね。でも、秩父宮(ラグビー場)で食べたのは美味しくなかったね」と愚息。
そうなのだ。去年の秋、息子とトップリーグの試合を観に行った際、スタジアムに日本人による移動ケバブ屋さんが出店していた。それは、僕らにとっては、辛いだけのなんだかよくわからない”ソースだぼだぼ羊肉サンド”であった。
「ケバブはトルコ独特の食べ物だから、日本人がつくったってなかなか美味しくならない。ここのはトルコの人(推定)がつくっているからこんなに美味しいのだよ」と息子に説明。去年訪れたフランクフルトにもたくさんのトルコ人が住んでいて、たくさんの美味しそうなケバブ屋さんがあったっけ、とつけ加える。
「そうかー」と妙に納得する息子。
その国の人が作る料理、といえば、この数年でインド料理の店がわが町にも数件開店し、こちらのほうも、きちんとインドの人(推定)が店長だったりする。
僕がときどき昼飯を食べに行く代々木駅近くのインドカレー屋も同様。そういえば、昔から「アジャンタ」とかの本格的インド料理レストランのほとんどは厨房にもホールにもインド人(同)が働いていたような気がする。
と考えたところで、代々木駅の立ち食い蕎麦屋さんにおける出来事を思い出す。つい先日のこと。食券の券売機近くのテーブルで天ぷらそばをたぐっていると、若いインド人(推定、しつこいか)が店にやってきた。カウンターの向こうのオバちゃんに何か言おうとするのだけれど、昼時の忙しいおばちゃんは気づいているのかいないのか相手にしない。
少しして券売機の存在に気づいたその若者。しかし、券売機には数え切れないほどのメニューやらトッピングの素材やら盛り方などが表示されたボタンが並んでいる。インドの若者は、券売機の前で呆然としている。
インド人にもソバ好きがいるのか、粋じゃないか、と僕はその若者に声をかける。僕自身、外国を旅して何回もその国のおせっかいなおじさんやおばさんに助けられた経験があるから。
「わかるか?」と聞くと、哀しそうに首を横に振る。そうか、よし、ここはこの立ち食いソバ好きのおじさんにまかせろ。
「ソバかうどんか、上に乗せるのは、てんぷらかコロッケか、ナニガホシイノダ」と聞く。
すると、彼はかぼそく高めの声で、「カレー、えっとカレーライシュ」と答える。
うーん、なるほど、といえばなるほどだけれど、予期せぬ答えであった。カレーだったらすぐそばにおいしいインド料理屋があるではないか。
何年かたって国に帰った彼は、自分の息子に「カレーは、トーキョーの立ち食いソバ屋のものに限るのだよ」なんて話すのかもしれない。
潮干狩りのアサリをおすそわけしたご近所から、脂のよくのったエボダイをいただく。恐縮。
なんだかわらしべ長者。とても可愛い顔をしているから食べる前に写真を撮っておいて、と息子に言われパチリ。
つぶらな瞳がチャーンミング~。(我が家は今,エドはるみ大ブーム)
とかなんとか言いながら、テレビをつけると妻が「ああ、この人、この人」と興奮。
釧路湿原・鶴居村、ホテルTAITOのオーナーで写真家の和田正宏さん。テレビ東京の旅番組。
先月、この日記にもちらりと書いた、妻が学生時代、釧路湿原・鶴居村に旅をした際にとてもお世話になった方が、テレビのスイッチを入れた瞬間その画面に現れたのだ。
雪原のタンチョウが見たくて一人旅で冬の釧路を訪れた妻。
"写るんですよ"しかもっていない、そんな彼女を和田さんが夕暮れ時、シークレットポイントに同行させてくれ、警戒心の強い丹頂鶴を刺激しないよう雪洞を掘り、そこから首だけ出して一緒にタンチョウの夫婦が巣に帰る様子を観察させてくれたとのこと。
「一生忘れない、素晴らしい光景だった」と妻。それを聞いて息子がとてもうらやましがる。
18年ぶりのテレビでの再会。本当にその節は妻が大変お世話になりました。